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ベテランドクターの診療事情
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第1回日本のパンデミック対策への提言
 
リン酸オセルタミビル耐性インフルエンザウイルスの増加、鳥インフルエンザH5N1の拡大、さらにH5N1プレパンデミックワクチンの事前接種の急速な進展など、新型インフルエンザやパンデミックに対する関心が高まっています。実際H5N1が新型インフルエンザウイルスに変異してパンデミックが起こる可能性は高いのでしょうか。国としての対策はどのようになっているのでしょうか。国のパンデミック対策検討会設立時に参画し、WHO西太平洋地域事務局感染症対策課長やWHO呼吸器感染症協力センター長を歴任され、国内外で感染症対策の第一線でご活躍されている新潟大学大学院教授の鈴木宏先生にお話をうかがいました。
 
1.新型インフルエンザとH5N1
1997年に香港で最初の鳥インフルエンザH5N1による死亡者が発生してから10年以上になります。パンデミックを引き起こす新型インフルエンザになるのではないかと怖れられ続けてきましたが、ヒト−ヒト感染の発生例は依然として限定的であり、H5N1が新型インフルエンザになる可能性と関連し、H5N1はヒトにアダプテーション、馴化しないのではないかという意見もあります。
しかし、インフルエンザウイルスというのは非常に変異しやすいウイルスで、H3N2香港型など時々大きく変異して少し大型の流行を起こしたりしているし、鳥インフルエンザウイルスはニワトリの間で伝播を繰り返している間に強毒化する可能性もあります。
ところで、昔から鳥インフルエンザウイルスは発生してきましたが4年か5年で自然淘汰されてきました。それなのにH5N1は10年以上生き残っている。その理由としてトリに薬やワクチンを用い、その結果としてこのウイルスに様々な変異を発生したとか、養鶏とニワトリの流通の国際化等が背景にあると考えられます。さらには、東南アジア独特の家畜と一体化した生活習慣や文化もそれに関与しているのかもしれません。
H5N1が度を超えた脅威として語られ、恐怖がいたずらに煽られてしまう状況は間違っていると思います。しかし、実際に新型インフルエンザが発生しパンデミックに至った場合の具体的な対策は、しっかり詰められていなければなりません。新型インフルエンザはいつ・どのようにして発生するかはわかりませんが、必ず・繰り返し発生するものなのです。奇しくもH5N1による最初のヒトの死亡者が発生した1997年に日本は国としてのパンデミック対策検討会が設立され、その時私も参加しました。国では今日まで様々な対策を発表していますが未だ満足いく内容に至っていないと私は感じています。
 
2.大切なのはフェーズ6からの発想
パンデミック間期
動物間に新しい亜型ウイルスが存在するがヒト感染はない
ヒト感染のリスクは低い 1
ヒト感染のリスクはより高い 2
パンデミックアラート期
新しい亜型ウイルスによるヒト感染発生
ヒト−ヒト感染はないか、または極めて限定されている 3
ヒト−ヒト感染が増加していることの証拠がある 4
かなりの数のヒト−ヒト感染があることの証拠がある 5
パンデミック期 効率よく持続したヒト−ヒト感染が確立 6
日本の新型インフルエンザおよびパンデミック対策は、残念ながら様々な問題を抱えています。まず根本的な発想が、水際対策から脱却できていない。海外からの帰国者や旅行者の中に新型インフルエンザ感染者が空港等で発見された場合どうするべきか、というような発想で止まっていることは、一つの問題と言 えるでしょう。
例えばH5N1ですが、現在「ヒト−ヒト感染は無いか、または極めて限定されている」状態であるフェーズ3の状況にあります。H5N1が変異してヒト−ヒト感染が容易に伝播する新型インフルエンザとなった場合、フェーズ6へ一気に進むでしょう。半年もかからずに1ヶ月以内のこともありえます。日本への侵入経路は複数であり、一旦侵入すると、日本のような人口が密集し、交通網が発達している場合は、地域での封じ込め対策は、実際的ではありません。
パンデミック対策はフェーズ3、4、5というプロセスで考えていくのではなく、まず一番強いフェーズ6から考えるべきです。フェーズ6時は外出もままならず、社会機能は混乱し、海外便など飛ばない、災害や戦争と同様の国家的危機状況です。この状況に則った具体的方策が国の危機管理という意識できちんと詰められている必要があります。ここでのポイントは「ワクチン」「抗ウイルス剤」「公衆衛生上の対策」の三つになります。次にこのそれぞれについてお話ししましょう。
 
3.パンデミックワクチンに関する問題

パンデミックワクチンは、パンデミックが起こってからでないと作れません。新型ウイルスの株に適合するワクチンが作られるのに半年位かかるとすると 流行の第一波には間に合いません。実際のパンデミックワクチンを作るための助走としての役割を果たし得るのが「プレパンデミックワクチン」です。現在、H5N1のパンデミックに備えるため、これまでのヒトへのH5N1感染事例から分離されたウイルスを元にプレパンデミックワクチンが世界各国で開発されています。
しかしプレパンデミックワクチンがパンデミックウイルスに効く保証はありません。これは、先に述べましたように、ウイルスが変異しやすいことがあります。今作られているウイルス株が、パンデミック時のウイルス株とは異なる可能性が高く、それだけでも効果が弱まります。さらには、例年の冬のワクチンと異なり、HAを主成分とするスプリットワクチンではなく、全粒子を用いたワクチンであり、さらには抗体価を上昇させるために免疫助成剤であるアジュバントを入れる必要がありますが、日本のワクチンが十分な抗体価を生ずるかに疑問があるのです。現在日本では、備蓄しているH5N1のプレパンデミックワクチンを六千人に事前接種させる計画が実施されています。副作用への懸念もあり、またそれが起こった場合に対する補償なども定められていないまま接種させることは問題だと思います。
海外の二つの会社の製品は、抗体価が十分で、株が変化しても対応可能とされています。このように、日本のワクチン開発に関する状況は海外より優れているとは言い難い状況です。しかし、国策としてワクチンを国内自給する必要があることから、ワクチンを自国で産出すること自体は意味があります。パンデミック時には輸出入もストップしますので、ワクチンを輸入に頼っていてはいざという時大変なことになるでしょう。このような事態で日本の方針が危ぶまれる中、あくまでもオプションとしてですが、より進んだ海外産のワクチンも仕入れてみてはという動きもあります。与党PTの新しい試みかもしれませんが、これは面白いと思います。このようにワクチン開発には政治的判断が大きく関与していますが、専門家は専門家として、ワクチン対策についての学問的な意見をきちんと提言していくべきですね。

 
4.抗ウイルス剤に関する問題
目下、インフルエンザの治療薬−抗ウイルス剤には三つあります。ノイラミニダーゼ阻害剤のリン酸オセルタミビルとザナミビル、M2蛋白阻害剤のアマンタジン。この三つをバランス良く備蓄し使うことを私は提言します。しかし実際はWHOがリン酸オセルタミビルだけを推薦した経緯があってリン酸オセルタミビルが大量に生産され、加えて経口薬で飲みやすいからということなのか、世間はインフルエンザ薬というとほとんどリン酸オセルタミビルになってしまった。これは大きな間違いです。一つの薬だけを使い続けると必ず耐性が出ます。特に、パンデミック時に同じ薬を大量に使い続けると、必ず耐性が作られるので危険だと言っているのです。さらには、人への薬剤投与の量と関係なく、H5N1だけでなくH1N1においてもリン酸オセルタミビル耐性インフルエンザが各国で発見され、日本国内でも確認されました。一種類の薬剤の備蓄では、対応しきれないのです。これはリン酸オセルタミビル自体に問題があると言っているのではありません。オプションとして複数の抗ウイルス剤を持つ大切さを強調しているのです。
ザナミビルですが、これは吸入薬で直接大量に肺に入れることができる。そしてアマンタジンはインフルエンザ治療薬としては最も長く30年以上使われており、大量に作られているし価格が安い。パーキンソン病にも有効であることがわかり、一般的にはそちらの薬として認知されてもいて、いろんな病院がアマ ンタジンを持っているはずです。
抗ウイルス剤備蓄のバランスの割合を質問されることもありますが、リン酸オセルタミビル:4、ザナミビル:4、アマンタジン:2と私は答えています。現状よりもっとザナミビルを増やして欲しいですね。日本政府はリン酸オセルタミビル:10、ザナミビル:1と言っていますが、市場に存在している割合が根拠になっているので、学問的とは言い難いです。
また、リン酸オセルタミビルとアマンタジンを併用する考えもあります。動物実験によると耐性ができにくいということですが、ヒトに対してはまだ分からない部分もあります。さらにリン酸オセルタミビルとアマンタジンだけでなく。リン酸オセルタミビルとザナミビルの併用も考えられますが、後者においては価格の高い同士との弱点があります。ともかく、それぞれの治療薬の長所と短所を考えながらバランス良く備蓄し使うことが大切です。
5.公衆衛生上の対策の重要性
日本のパンデミック対策が水際対策で足止めされていることは最初に申しましたが、フェーズ6の時にいかに感染拡大を食い止めるかが最も大切なことだと思います。歴史的に見てもスペイン風邪(スペインインフルエンザ:1918〜1919)の時、集会中止や学校閉鎖をしたら流行を相当抑えることができた経験があります。ワクチンも抗ウイルス剤も無かった時代に、社会の中で人々が接触しないようにしたことが感染拡大防止に寄与したのです。
ところで日本ではそういう事態に際する具体的なことは、つまり公衆衛生上の対策について項目としては上がっていますが、国の指針として今もって詰められていません。現在、我々は新潟県としてのパンデミック対策を考案しているのですが、CDC(アメリカ疾病対策センター)の指針をモディファイして考えています。CDCではハリケーンの分類にインフルエンザを当て嵌め、致死率を基準にカテゴリー1からカテゴリー5までを設定しています。最悪のカテゴリー5は致死率2.0%。先程申しましたスペイン風邪はこれに該当します。我々はこのスペイン風邪、カテゴリー5を基本として対策シナリオを作成中です。これは新潟県のみではなく日本全国、世界にも通用する指針だと思います。
我々は公衆衛生上の対策として、ヒトからヒトへの感染を抑えることを基本と考えています。不要不急の外出を避ける・大きな集会を全て禁止する・学校を休校させるというのは大きな柱になりますね。あと咳エチケットの徹底。咳の出る人は必ずサージカルマスク着用など。これらを実行するには日頃から住民への啓蒙活動をしなければなりません。例えば相談窓口を設ける。そこへ電話すると、あとは音声案内で番号をプッシュしていって必要な情報を得られるようにするとか、インターネットでいつでもアクセスできる情報公開のページを作るとか。そのようなことを考えているわけですが、ではパンデミック対策の具体的内容 については次の回でお話しします。
第2回 パンデミック対策の具体的内容と、インフルエンザ流行時の学級閉鎖
1. 発熱外来−患者の振り分けと呼吸数チェック
2. 抗ウイルス剤の管理運用
3. ビジネス・コンティニュイティ・プランとソーシャル・コンティニュイティ・プラン
4. インフルエンザ流行時の学級閉鎖
 
Doctor Profile
氏名:

鈴木 宏

 
経歴: 昭和45年 東北大学医学部卒業後、同小児科に入局。小児ウイルス感染症分野で研究を行い、乳幼児嘔吐下痢症(白色便性下痢症)がロタウイルスによることを初めて明らかにする。
  昭和60年 WHO客員研究員としてイギリス留学。
  昭和61年 WHO西太平洋地域事務局感染症対策課長(〜平成元年)としてB型肝炎、エイズ等の感染症対策に従事するなど、国際保健の道へ進む。
  平成2年 国立仙台病院に生理生化学室長として勤務。
  平成7年 WHO呼吸器感染症協力センター所長を兼務。
  平成8年2月 新潟大学大学院教授に就任(医歯学総合研究科国際感染医学講座公衆衛生学分野)。
     
現在は感染症の疫学、国際医療を主たる研究分野としており、その豊富な経験を後進の育成、国際協力に生かしたいと抱負を語る。
 
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